IMC株式会社  池田医業経営研究所

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お寺業界に学ぶマーケティング

5年ほど前に話題になったアマゾンの『お坊さん便』。皆さんはご存知でしょうか?

私事になりますが、私は福井県出身で30年以上首都圏に住んでいます。実家のある福井県に先祖代々の墓を供養している「菩提寺」があるのですが、亡くなった父のために、首都圏に居住している父方の親戚の居住地を考慮して千葉市の公営墓地に新たに墓をつくりました。福井県で法要を行う際には菩提寺に依頼し、千葉市で法要を行う際にはお坊さん便を利用しています。

 お坊さん便とは、葬儀供養など仏事の際にインターネット上で民間の僧侶を手配し、全国に一律定額で派遣できるサービスです。2009年創業の「みんれび」という会社が、2013年に特定の寺院との付き合いがない人でも定価で簡単に僧侶を呼ぶことのできる事業として立ち上げました。

 201512月にアマゾンマーケットプレイスに「法事法要手配チケット」を出品したことで仏教界からの抗議等で話題になり、お坊さん便の登録僧侶数は1300名以上になっています。全国どこへでも主要な宗派の僧侶を派遣できる体制を整え、利用者数は増加しているようです。

20186月に社名を「よりそう」に変更。アマゾンでの『お坊さん便』の取り扱いは201910月に終了し、その後は自社のホームページで取り扱っています。

 

なぜお坊さん便は普及し、利用者や登録している僧侶が増加しているのでしょうか。

まず利用者サイドの事情として、実家から離れて新たに所帯をもった人が、いざという時にどのお寺にお願いすればよいのかわからない、お布施の金額がよくわからない、特に信仰心があるわけではないので僧侶とはあまり深く付き合いたくないなどの葬儀や供養といった法事をめぐる変化にあるようです。私も最初は地縁の無い千葉市内の曹洞宗のお寺を自力で探しましたが、お布施の金額を質問しましたら嫌な顔をされたので、依頼したくなくなりました。お布施は“お気持ち”でというのがお寺側の常識かもしれませんが、これまでの人生で法事を主宰する機会のなかった私はそのような常識を持ち合わせておりません。おそらく同様の方はかなりいらっしゃるのではないでしょうか? ちなみにお坊さん便は、お布施や御膳料・お車代等の金額全部込みで、初回は定価35000円。サービス内容の範囲と金額が明確です。

次に僧侶サイドの事情として、人口が減少し空き家が増えているような地方では檀家は確実に減っています。また都会では旧来型の地縁社会はどんどん崩壊し、法事も親戚・家族だけでひっそり行う、法事の回数を減らすような風潮になってきていますので、収入を確保するために少しでも法事に関わる機会を増やしたいでしょう。

お坊さん便のサービスは、利用者、僧侶の双方に潜在的なニーズがあったのです。従来のお寺とお坊さん便をマーケティングの観点で比較すると、図のようになります。お寺にとって守るべき伝統はありますが、利用者層の変化とそのニーズの変化に対応し、自らの存在意義や利用者にとっての価値を積極的に発信していかなければ、今後の生き残りは難しいでしょう。

 

表 従来のお寺とお坊さん便のマーケティングの観点での比較

マーケティング要素

従来のお寺

お坊さん便

Customer Value
(
顧客にとっての価値)

利用者は事前にサービスの質の違いはわからない。期待していない。

質が悪い場合、変えるのは難しい。

 

同左

 

質が悪い僧侶は会社側で排除するため、一定水準は維持される。

Cost to

the Customer

(顧客の負担)

不明確(お気持ちでの支払い)。

 

お布施として現金支払い。

サービス内容と金額が明確。

支払金額は相対的に低い。

クレジットカード決済も可能。

Convenience
(
入手の容易性)

お盆など忙しい時、スケジュール調整は困難。

依頼者の法事の日程優先で、都合のつく僧侶が手配される。

Communication
(
コミュニケーション)

ホームページの開設率は低い。寺間の情報開示量の格差が大きい。

連絡手段は、主に電話。

ホームページでサービス内容等の詳細を説明。

連絡手段は、電話(フリーダイヤル)、メール、LINE

 

 座して死を待つようなお寺もあると思いますが、時代に対応した取組みを行っているお寺もあります。創建から400年にもなる東京の築地本願寺です。

ホームページを見ると「築地本願寺がめざすのは、かつて人の暮らしの拠り所であったお寺の役割を、今の時代に合ったカタチに再構築した現代のお寺の姿です。」というわかりやすいビジョンが掲げられています。そしてビジョン実現のために、様々なプロジェクトを動かしているようです。

まず人々の人生や暮らしに寄り添うサービスをワンストップで提供することを目的とした会員組織「築地本願寺倶楽部」の設立です。会費・入会金は無料で、仏教や法事に関する相談はもちろんのこと、新しいスタイルのお墓や人生サポートサービスなど、お寺の役割を住民と繋がるカタチに変えて届けようとしています。人生サポートは終活(人生の終わりのための活動)として、相続などの法律相談や遺品整理、遺言書や自分史の作成、資金計画相談などの支援をしています。また最近では婚活のサービスも行っています。

次に学びの場としての「KOKOROアカデミー」の開催や、人間関係や日頃の生活の不安や気になるあれこれを僧侶に個別相談できる「よろず僧談」などをしており、活動を更に拡げるために20165月に築地本願寺GINZAサロンをサテライトとしてオープンしています。その他に和をコンセプトにしたオリジナルメニューのカフェ、豊富築地本願寺を身近に感じられるオリジナルグッズを販売するショップ、仏教全般書などを取り揃えたブックセンターを併設したインフォメーションセンターを開設しています。

 またTERAMACHI(寺町)と称して、浄土真宗本願寺派の他のお寺の情報を発信することで、安心して相談できるお寺や住職との出会いを支援しています。

最近の新型コロナウィルス禍では、顧客の要望に則ってオンライン法要も実施しています。

 

医療機関においても、他山の石として参考にできることはあるのではないかと思います。

例えば、地縁・血縁のない地域に引っ越しをした場合、かかりつけ医をどのように探すか? インターネットで検索をして探す人が多いと想像しますが、かかりつけ医の意義や、かかりつけ医としてどのような疾病の患者にどのようなスタンスで取り組んでいるか、他の医療機関の違いをわかりやすくホームページに掲載しているような医療機関はあまり見たことはありません。また健診や予防接種を受けたいが、金額を事前に知りたいと考えて調べようとしても、金額や細かい検査内容までは掲載していない医療機関はまだまだあります。また医療機関の連絡手段のほとんどが電話です。

 

医療機関には、健康面で不安を抱える地域住民が集まってきます。公的保険内では解決できない悩みは多いと思います。他業界の取組を参考にするとともに、利用者の視点で既存サービスの改善や拡大を検討すれば、まだまだすべきこと、できることはたくさんあるのではないでしょうか?