IMC株式会社  池田医業経営研究所

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オンライン診療を開始することの意義

「この機に、オンライン診療をはじめ、社会のあらゆる分野で遠隔対応を一気に進めることで、未来を先取りするような新たな日常をつくりあげていきたい」。安倍首相は5月19日に開かれた国家戦略特別区域諮問会議でこう述べました。

診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会において対面診療の重要性を永年に亘り訴えてきた日本医師会でしたが、5月27日に公表した「新しい生活様式」を支える「本人に適した生活習慣」の実践に向けた提言では、「外出自粛要請下等であっても、継続的な健康支援が可能となるよう、かかりつけ医等との連携によりICTを適切に活用し、健康状態を自ら把握、管理し、適宜、健康相談・指導等を受ける」ことを4本柱の一つに盛り込んでいます。

 

厚生労働省によれば、5月25日時点においてオンライン診療を実施する医療機関は、全国で 14,500施設超まで増加しています。全国で活動中の医療施設数は179,090(うち「一般診療所」は102,105施設、「歯科診療所」は68,613施設、201810月1日現在)ですので、医療機関の規模の大小の違いは抜きにして、平均して約8%の医療施設がオンライン診療を実施しているようです。3月上旬時点の実施率は2%未満でしたので、急速に増加したことがわかります。新型コロナウイルスへの感染を回避する目的で、患者が一時的に受診を控える動きが顕在化し、医療機関側の意識に変化が生じたことがうかがえます。

 

「現代はVUCA(ブーカ)の時代になった」と言われています。VUCAとは、Volatility(不安定性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの英単語の頭文字からなる略語です。あらゆるものを取り巻く環境が複雑性を増し、想定外の事象が次々と発生するため、将来の予測が困難な状態を指す言葉です。

「変化が激しい」「先が見えない」とは、いつの時代でも言われることですが、現代は明らかにVUCAの度合いが加速しています。その理由の1つは、テクノロジーが進化するスピードが猛烈に上がっていることだと思います。医療の場合は、スマートフォンの普及や5Gの開始で、インターネット経由で医師と患者が簡単につながり、高精度の画像を遅滞なく送受信できる環境が整いました。その結果、医療相談や診療、画像診断、病理診断、健康管理、服薬指導などがオンラインで遠隔でできるようになり、物理的な距離の制約はほぼなくなりました。

 

2018年度診療報酬改定においてオンライン上の診察を保険診療として認める「オンライン診療料」などが初めて創設されました。ただ日本医師会の強力な交渉力によって対象患者の範囲はかなり限定的でしたので、現場の特にご年配の医師は「これまでと同様に対面診療を続ければ、今後もきっと大丈夫だろう」と考えられていたのではないでしょうか。

ただ新型コロナウイルスの発生で環境は大きく変わりました。進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われていますが、VUCAな世界で求められるのは「変わる早さ・速さ」です。環境や顧客ニーズの変化に合わせて医療機関も俊敏に変わる必要があります。

 

早く・速く変化に対応すると当然リスクはあります。ただ一方で大きなメリットがあります。

オンライン診療を他院に先駆けて実施していた医療機関は、あくまで推測ですがオンライン診療システムを販売する会社から、オンライン診療の操作方法や通信不良時の対応から集客の仕方、保険外費用の設定方法や料金の決済方法まで、手厚いアドバイスを受けていたのではないでしょうか。

たとえばドクターの皆さんが新規開業した際には、開業当初の患者には必要以上に丁寧に対応されたと思います。それと同じです。オンライン診療を始める医療機関がどんどん増えてくれば、システム提供会社が等しく丁寧な対応をするのは徐々に難しくなってくるでしょう。

オンライン診療を早く開始し、速く地域に認知をしてもらえれば、「もしオンライン診療を受けるなら、この地域では〇〇クリニック」という状況をつくれます。最初のうちはオンライン診療を実施している医療機関が少ないので、後から同じことを始めるよりもかなり有利に進められます。

もちろん先行して取組むことはリスクを伴います。オンライン診療は対面診療と比較して点数が低いため、既存患者がオンライン診療にシフトしたりしてオンライン診療の割合が高くなれば診療単価は下がってしまい、患者数に変化がなければ売上は減少してしまいます。

ただ図1のように同一診療圏内の他院のかかりつけ患者が、何らかの事情で通院が難しくなりオンライン診療を選択せざるを得なくなった場合は、当院の患者に変わるかもしれません。また診療圏外の患者も、近くにオンライン診療を実施している医療機関が無ければ、当院でオンライン診療を受け、その後に当院のかかりつけ患者になるかもしれません。

 

図表1 新たな試みを実施することで想定されるメリット

図表2のように新たな試みを早く速く実行すれば、先行者優位を築くことができます。医療の質を高める地道な取組み(Do Better)をしても、地域住民にはなかなか気づいてもらえません。一方で他院では実施していない取組み(Do Different)をすれば、一部の他院の患者は当院に対して関心をもつでしょう。

 

図表2 環境変化への対応による効果

 

 出典:平井孝志(2017)「時間」が企業の勝負を支配する時代
 『Harvard Business ReviewWebsite

 

他業種の例として、セブン‐イレブンがあげられます。2001年に、既存の金融機関からは成功する確率は非常に低いと言われていた銀行業へ参入し、店内にセブン銀行ATMを設置しました。ATMを設置したことで、他のコンビニからの顧客獲得、既存顧客の来店回数増加、ついで買いによる売上増加などの効果がありました。その後もセルフでのコーヒー販売サービスの開始など、他社よりも早く速い取組みを続けることで、顧客数や客単価で他のコンビニを引き離しています。

 

オンライン診療を顧客目線でみると、事前に24時間インターネット予約が可能で、希望する日時に受診できる、通院時間や受付での待ち時間と交通費が必要ない、仕事や家事の合間に診察を受けられる、院内感染・二次感染のリスクがない、周りの目が気にならない(心療内科や精神科などの場合)、自宅に処方箋や薬が届く、支払いは簡単にクレジットカード決済などキャッシュレスでできるなど、多くのメリットがあります。

忙しい会社員、幼児や要介護者がいて気軽に外出しづらい主婦、けがをしていたり要介護状態であったりして外出が困難な方にとっては、対面診療と比較して医療の質が多少落ちたとしても、オンライン診療のメリットの方が大きいと感じるように思います。もちろんターゲットとする顧客層によりますが、医療機関としてこのような顧客ニーズを無視するのは難しそうです。早いうちに患者に対して対面診療だけではなくオンライン診療も選択肢として準備しておく必要はあるのではないでしょうか。