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企業の経営者層によく読まれているDIAMOND『Harvard Business Review』(HBR)*の2月号の特集は「コレクティブ・インパクト」でした。耳慣れない言葉ですが、Collective Impactを直訳すれば、“集まって組織的に動くことで社会に影響を及ぼす”ということでしょうか。具体的には、立場の異なる組織(市区町村等の行政機関や民間企業、公益法人、NPO法人、自治会などの住民組織等)が、組織の壁を越えて各々の強みを出し合って社会的課題の解決を目指すことを言います。2011年にアメリカで発表された論文によりますと、コレクティブ・インパクトは、以下の1~5のような要素を重視し活動に取り入れている点で、これまでの連携や協力とは異なるようです。
異なる複数の組織が課題の解決のために連携や協力をする場合、各組織は「どうやって解決するか」という「How」をまず考えてしまう傾向があります。迅速に問題解決しようとするあまり、目の前の問題の表層しか見ずに、各組織の経験則、手持ちの解決策で、対症療法的な解決を図ろうとしてしまいがちです。
日本の地域社会においては、高齢化の進展によって老々介護(老夫婦、老親子)、独居高齢者生活、高齢者の孤独死等々、対症療法的な方法では解決が難しい課題が多くあります。その課題に対応するために厚生労働省は、地域包括ケアシステムの構築を、市町村単位、日常生活圏域単位で進めています。ただ患者・家族を中心にして、医師や看護師、ケアマネージャー等の多職種の関係者が連携、協力してサポートするのが理想ですが、現場では各職種間の連携・協力が容易でないのが実情です。
コレクティブ・インパクトの重要な要素の1番目「共通の目標の理解、共有」に関してみると、患者や家族にとっての最善(幸せ)の実現という共通の総意はあっても、医療職・介護職の職種毎に背景知識、患者の捉え方が異なり、患者や家族のために大切にしたい思いのズレがどうしても生じてしまいます。病院などの医療関係者のサービスの中心は「医療モデル」と言われており、その目標は病気やけがの「治癒・回復」です。一方で介護系施設や福祉関係者のサービスの中心は「生活モデル」と言われ、その目標は様々な環境の中での利用者の「自立」=「その人らしい生活」のため、2番目の「評価の測定方法の共有」、具体的には最終的な成果やそこに至るプロセスの評価の仕方を共有するのは難しくなります。
3番目の「相互補強」については、そもそも他職種間で相手の専門性や能力がよくわからないまま連携、協力しているなど、補強の手前の段階の現場が多々あるようです。例えば、薬剤師が行う訪問薬剤管理指導の内容について理解をしている医師等の割合は、かなり低いそうです。また言語療法士や栄養士なども、オーダーをするかかりつけ医の理解が進んでいないと出番が少なくなってしまいます。
4番目の「継続的なコミュニケーション」については、互いに時間的余裕がないために充分なコンセンサスを得にくかったり、各職種間の守備範囲を意識するあまり思うように意見交換できなかったりするようです。
5番目の「活動を支える組織」は既存にはないため、厚生労働省が在宅医療・介護連携のための相談窓口を地域の郡市区医師会等に設置することを市区町村に対して推進しています。
地域包括ケアシステムを構築するための医療・介護の連携が進んでいる地域のひとつに千葉県柏市があります。「柏モデル」と呼ばれており、その成功のポイントは図表のように整理できます。
図表柏モデルの成功の主なポイント(コレクティブ・インパクトの要素で整理)
重要な要素 |
具体的な取組 |
共通の目標の理解、共有 |
行政として医師会との理念を共有したうえで協働できたことが⼤きい。 |
評価測定方法の共有 |
― |
活動を互いに補強 |
・委員会及び下部部会の各座⻑は医師会医師に依頼し、事務局(⿊⼦)は⾏政が担当しスムーズに展開できた。 ・会議招集⽂章は、柏市⻑名と医師会⻑名の連名で実施することも出席率向上に効果的であると思う。 |
継続的な コミュニケーション |
・各専⾨職の現場担当者を報酬無しの⼿弁当で集めて将来の議論をすることが⼤切。⾏政招集会議(出席報酬発⽣)では、どうしても形式的な会議になりがちで、現状や実態に即した提案や実⾏が伴わない。 |
活動を支える組織 |
・行政として完全な業務委託⽅式(医師会や地域包括⽀援センターへの丸投げ的な⼿法)ではなく、全ての協議体・会議に事務局として関与することで進捗状況・課題を把握できたこと ・組織体制としても「地域医療推進課」⼈員 12 名と充実(勤務時間の 8割は調整作業に費やす) |
出典:厚生労働省「在宅医療連携モデル構築のための実態調査報告書」平成30年3月を筆者が一部加工
コレクティブ・インパクトを推進するために、特に重要なことを最後に説明します。まずは基本的なことですが、必要な関係者をすべて集めることです。多職種連携の会などでは医師の参加率が極端に低かったりします。医師以外の職種からは、医師は忙しいから仕方がないとのあきらめの声もありますが、多職種に対して必要な指示出しをする医師の連携や協力に対する理解度が低ければ、うまくいくはずはありません。この段階の地域はまだまだ多くあるのではないでしょうか。次に参加者間の「関係の質」を高め続けることです。互いに情報を持ち寄り、それぞれの進捗や学びを共有し、互いの背景や行動原理を知るというプロセスを繰り返すことで、関係の質が高まり結果的にサービスの質が高まります。このような地域にするためには何をどうすればよいのか、厚生労働省の「在宅医療連携モデル構築のための実態調査報告書」に柏モデルを含む14地域の事例が掲載されていますので、参考になさってはいかがでしょうか。
*アメリカのハーバード・ビジネス・スクールの教育理念に基づき、1922年に同校の機関誌として創刊された世界最古のマネジメント誌であるHBRの日本語版。HBRはアメリカ国内では29万人のエグゼクティブに購読され、日本、ドイツ、イタリア、フランス、BRICs諸国、南米主要国など世界14ヵ国、60万人のビジネスリーダーやプロフェッショナルに愛読されています。